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展示室が1室のため常設展示ではなく、年6回の展示替により様々な資料をご覧いただけるよう努めています。

現在の展示

「「大相撲」の幕開け-土俵・番付・化粧廻しの誕生-」

展示期間 平成30年(2018)2月20日(火)~4月20日(金)

 「大角力(相撲)」という言葉は、江戸時代中期の番付に登場しました。やがて、寛政元年(1789)の横綱誕生、同3年6月の上覧相撲を皮切りに、雷電など人気力士とともに空前の相撲ブームが巻き起こります。
 江戸時代前期には土俵が、宝暦7年(1757)には1枚番付が誕生。現在の「大相撲」をイメージするモノが出来上がりました。加えて、同時期から流行した錦絵には、興行場の様子や力士が描かれ、人気の程がうかがえます。
 今回は、この江戸時代前・中期の相撲について取り上げます。当時を語る文献や絵などから、相撲興行が確立された時期の様子を感じていただければ幸いです。
 尚、平成29年は雷電生誕250年にあたり、それを記念して出身地の長野県などは大いに盛り上がりました。当館でも本年4月中旬より雷電や寛政期を特集した展覧会を行います。是非、合わせてお越しください。

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1 釈迦ケ嶽雲右衛門等身大絵 喜多武一(二代) 模写 嘉永年間~明治20年(1848~1877)
 島根県安来(やすぎ)市出身。身長約215cmとあり、大柄な体格であったことが分かる。明和~安永年間(1764~1781)の江戸相撲で強さを見せたが、現役で没した。同様の等身大絵が、安国院(千葉県市川市)に残る。
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2 江戸相撲番付 宝暦7年(1757)10月
 浅草・蔵前八幡宮(現・蔵前神社)で行われた時のもの。縦型のものとしては、現存最古。6段で構成され、6段目には中・前相撲が記されている。
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3 三国山兵太夫・江戸ケ崎源治 勝川春章 画 / 天明2~7年(1782~1787)
 三国山(?~1789?)は、東北あるいは九州出身と推定される前頭2枚目。詳しい経歴はわからず、現役のまま没したと伝わる。
 江戸ケ崎(?~1793)は、神奈川県小田原市出身。最高位二段目だが、強豪として知られた。錦絵が多くあることから、人気のほどがうかがえる。
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4 関ノ戸八郎治 勝川春章 画 / 天明2~7年(1782~1787)
 新潟県聖籠(せいろう)町出身。寛政元年(1789)11月場所6日目、小野川と対戦して勝ったが、翌日の横綱披露に傷がつくとして、強引な物言いがつき預かりとなったと勝負付に記録がある。
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5 辻相撲絵巻 作者不詳 / 元禄年間(1688~1704)頃
 江戸時代前期における、相撲を取る者とそれを見物する様子を7つの場面に描いた絵巻物。この頃はまだ土俵がなく、野原や町の辻で盛んに相撲が行われていた。特に街中での辻相撲は多くの観客を集め、勝負判定をめぐって喧嘩・騒動が多かった。これに対して幕府が何度も禁令を出したことは、相撲が民衆に人気があったことを物語る。のちに幕府は勧進相撲の興行を届出・許可制とすることで統制し、興行組織の整備・統合が進むこととなる。
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6 戸田川鷲之助使用の化粧廻し
 戸田川(?~1773)は、千葉県鋸南(きょなん)町出身の前頭2枚目。強豪力士として知られる。
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7 相撲の図 菱川師宣 画 / 寛文~延宝年間(1661~1680)
 師宣(もろのぶ、?~1694)は、浮世絵版画の開祖とされる。現在のように土に埋め込まれてはいないが俵がみえ、土俵の成立を考えるうえで貴重な資料である。
 このほか、友綱良助使用の締込、土俵入りの図(勝川春好 画、 天明6~7年〈1786~1787〉頃)、大坂相撲番付(寛延2年3月)、京都相撲番付(享保17年〈1732〉閏5月)、南部相撲地方行司使用の軍配など、合計88点の資料を展示いたします。

展示解説のお知らせ

日時 3月2日(金)、3月30日(金)の14時から
参加ご希望の方は相撲博物館展示室までお越しください。

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平成30年の展示