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展示室が1室のため常設展示ではなく、年6回の展示替により様々な資料をご覧いただけるよう努めています。

次回の展示

「雷電為右衛門と寛政の大相撲」

展示期間 平成30年(2018)4月24日(火)~6月15日(金)

 江戸時代も後半に差しかかった18世紀末の寛政年間(1789~1801)、大相撲に空前のブームが到来しました。観客は朝早くから相撲場に詰めかけ、力士たちを描いた錦絵も飛ぶように売れたといいます。ちょうどこの頃は、絵画・小説・俳諧・旅など、さまざまな文化が庶民にまで広く親しまれるようになった時代です。当時の人々は、江戸時代を代表する文化のひとつとして大相撲も楽しみました。
 このブームを牽引したのが、寛政元年(1789)にはじめて横綱土俵入りを披露した谷風梶之助と小野川喜三郎、そして彗星の如く江戸の相撲に登場した雷電為右衛門です。大相撲の人気は将軍・徳川家斉の耳にも達し、寛政3年には上覧相撲が催されました。このように寛政年間は単にブームが訪れただけではなく、相撲の歴史を語る上でも大変重要な時代です。
 今回は昨年生誕250年を迎えた雷電を中心に、横綱の誕生や上覧相撲など、寛政年間にスポットをあて、さまざまな資料から当時の大相撲をご紹介します。人気力士の取組に熱狂する観客の姿は現在とかわりません。当時の相撲場の様子を想像しながらお楽しみ下さい。

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1 雷電為右衛門(1767~1825) 勝川春亭画
 長野県東御(とうみ)市出身。寛政2年(1790)、松江藩松平家の抱え相撲として江戸の相撲に初登場。197cm、170kgの巨体で文化8年(1811)に現役を退くまで無類の強さを発揮した。現存する旅日記からは、巡業の様子をうかがうことができる。全国各地の史跡はその強さを物語っている。
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2 谷風梶之助(1750~1795) 勝川春英画
 仙台市出身。明和6年(1769)、仙台藩伊達家の抱え相撲として達ケ関の名で江戸の相撲に初登場。188cm、160kg。安永5年(1776)に谷風と改め、ライバル小野川喜三郎とともに大相撲の人気を高めた。寛政元年(1789)にはじめての横綱土俵入りを披露したが、同7年(1795)、流行していた風邪によって急逝。
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3 小野川喜三郎(1758~1806) 勝川春英画
 大津市出身。上方で修行し、安永8年(1779)、江戸の相撲に初登場。178cm、135kg。のちに久留米藩有馬家の抱え相撲となる。天明2年(1782)、63連勝中だった谷風を破り、以後、両者の取組は注目の的となった。谷風没後も寛政9年(1797)に現役を退くまで大相撲人気を支えた。
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4 雷電為右衛門使用の道中羽織
 裄がおよそ75cmもある木綿刺し子織りの大きな羽織。衿に「雷」の文字が入り、背中の丸に桔梗は、雷電の生家・関家の家紋である。力士は1年の大半を巡業の旅で過ごしたので、雷電もこの羽織を愛用したと思われる。
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5 雷電賞
 読売新聞社は、雑誌『大相撲』の発刊と尾崎士郎(1898~1964)の小説「雷電」連載を記念して、昭和30年(1955)春場所から雷電賞を制定。昭和40年11月場所まで関脇以下の最多勝力士に贈られた。大相撲では優勝者などにさまざまな賞が贈られているが、力士の名を冠したものは雷電賞だけである。
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6 桜下御前相撲の図 勝川春英画
 寛政6年(1794)4月に浜御庭(現在の中央区・浜離宮恩賜庭園)で催された将軍・徳川家斉の上覧相撲を描いた作品。大名家の江戸屋敷で催された相撲として描かれており、力士の頭上には桜を配している。寛政3年に続いての開催で、大相撲がいかに江戸市中で人気を呼んでいたかがよくわかる。将軍の上覧は大変に名誉なことで大相撲人気にますます拍車がかかった。
 このほか雷電の遺品、谷風が使用した横綱をはじめ、錦絵、番付表など約80点の資料を展示いたします。

展示解説のお知らせ

日時 5月12日(土)・6月8日(金)の14時から
参加ご希望の方は相撲博物館展示室までお越しください。

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