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展示室が1室のため常設展示ではなく、年6回の展示替により様々な資料をご覧いただけるよう努めています。

現在の展示

「横綱」

展示期間 平成29年(2017)4月25日(火)~6月16日(金)

 力士の最高位である横綱は、相撲史に永くその名を伝えるとともに、力士の模範であり、目標となる存在です。
 寛政元年(1789)、谷風梶之助と小野川喜三郎に横綱免許が与えられたのが横綱の始まりです。当初横綱は、強豪力士の称号でしたが、明治23年(1890)から番付に横綱と書かれるようになり、明治33年、横綱力士碑の建立により横綱の代数が決まりました。明治42年に正式に最高位と認められ、昭和25年(1950)、横綱審議委員会が発足するなど、時代とともに変遷を重ねながら、現在に至っています。
 一月場所後に72代横綱稀勢の里が誕生したのを機に、横綱をテーマとした展覧会を開催いたします。当館所蔵の横綱や免許状など関連する資料から、横綱の起源や歴史に迫ります。

美勇水滸伝 明石志賀之助 芳年 画
1 美勇水滸伝 明石志賀之助 芳年 画
 明石志賀之助(?)は栃木県宇都宮市出身と伝わる。横綱土俵入りは行っていないが、強豪力士として初代横綱に数えられている。寛文年間(1661~1673)頃に活躍。明石は歴代横綱を描いた錦絵などにしばしば登場している。美勇水滸伝は月岡芳年により慶応2~3年(1866~1867)に発表されたシリーズ物。もちろん史実ではないが、明石の怪力ぶりを描いた作品である。
谷風梶之助横綱免許状
2 谷風梶之助横綱免許状
 谷風梶之助(1750~1795)は、宮城県仙台市出身の4代横綱。寛政元年(1789)11月場所、小野川喜三郎とともに19世吉田追風から横綱免許を授与され、一人土俵入りを披露した。これが現在に至る横綱の始まりである。
稲妻雷五郎使用の横綱
3 稲妻雷五郎使用の横綱
 稲妻雷五郎(1802~1877)は、茨城県稲敷市出身の7代横綱。江戸時代の横綱は、現在のものとくらべると細くて軽い。太くなったのは明治時代後期である。
明治23年(1890)五月場所番付(部分)
4 明治23年(1890)五月場所番付(部分)
 東に張り出されている西ノ海嘉治郎(初代)に「横綱」と冠されている。これが番付に登場した初めての「横綱」である。
玉錦三右衛門 横綱本免許授与式(昭和7年11月17日)
5 玉錦三右衛門 横綱本免許授与式(昭和7年11月17日)
 玉錦三右衛門(1903~1938)は、高知県高知市出身の32代横綱。23世吉田追風から横綱が授与された。吉田司家による横綱の授与は59代横綱隆の里まで行われ、60代横綱双羽黒光司からは相撲協会理事長が授与している。
栃錦清隆使用の横綱
6 栃錦清隆使用の横綱
栃錦清隆(1925~1990)は、江戸川区出身の44代横綱。この横綱は雲龍型で後ろの輪が一つ。現役では鶴竜・稀勢の里が行っている。白鵬・日馬富士は不知火型で、後ろの輪が二つになる。
稀勢の里寛 横綱伝達式(平成29年1月25日)
7 稀勢の里寛 横綱伝達式(平成29年1月25日)
 稀勢の里寛(1986~)は、茨城県牛久市出身の72代横綱。平成29年1月場所で初優勝し、場所後横綱に昇進した。この日の臨時理事会と番付編成会議で横綱昇進が決まり、春日野理事(元関脇栃乃和歌)と高田川審判委員(元関脇安芸乃島)が使者となって伝達。稀勢の里は、「横綱の名に恥じぬように精進いたします」と述べた。
稀勢の里寛 横綱土俵入り(平成29年1月27日 明治神宮)
8 稀勢の里寛 横綱土俵入り(平成29年1月27日 明治神宮)
 八角理事長(元61代横綱北勝海)から横綱推挙状と横綱を受けた稀勢の里は、神前で初めての土俵入りを奉納した。本人の希望で雲龍型を選んだ。

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